トイレA by Sさん
前回、トイレの話題について書きましたが、トイレにまつわるエピソードがまだありましたので、今回はその話について書いてみたいと思います。
2004年4月のことです。蘇州大学留学中に、日本人留学生4人で、洛陽〜少林寺〜開封へ、5泊6日の旅行に行きました。
5日めのお昼、開封の老舗レストランで食事をしました。老舗だけあって風格があり、店構えも大きく、多くのお客さんで賑わっていましたが、建物は少し古い感じでした。食べ終わってみんなでお茶を飲みながらおしゃべりをしている時に、「念のためにトイレに行っておこう」と思い、貴重品だけ持って、1人でトイレに向かいました。
そして、用を足し、トイレを出ようとドアノブを回しましたが、ドアが開きません。「あれ?」と思い、もう1度回しましたが、何の手応えもないのです。嫌な予感がしてきました。ドアをちょっと持ち上げるような感じに力を入れて、ドアノブを回してもダメでした。
「このドアノブ、空回りしてる・・・」
一瞬、血の気が引きました。
「このまま、気付かれず、誰にも発見されなかったらどうしよう?」
あとで冷静になって考えると、そんなこと有り得ないのですが、その時は本当にそう思いました。なぜなら、トイレの数も多く、人気のあるレストランですので店員たちも忙しく動き回り、雑踏のようにガヤガヤした音が常に聞こえていて叫んでも気付いてくれそうにないと思ってしまったのです。
そう思った途端に、心臓がバクバク鳴り始めました。
「やばい、絶対やばい。」
こんな時に限って、ニーハオトイレではなく、上から下まで隙間のない壁とドアで、「なんでやねん!」と、焦りでいっぱいの気持ちになりました。
それと同時に、
「中国のトイレに何時間も閉じ込められるのは絶対に嫌だ!」
という強い気持ちが出てきました。
そして、次の瞬間には、ドアを何度も何度もひざ蹴りしていました。ひざ蹴りしている時は結構冷静で、
「木製のドア1枚ぐらい壊したところで、弁償できるわ。中国の物価が低くて良かった。」
などといらないことまで考えつつ、
「開門!開門!」
と叫びながら、思いっきりひざ蹴りをし続けました。
すると、しばらくして、外のほうで男性の「あれ?」という声がしました。しかも日本語です!
このチャンスを逃したらダメだと思い、
「開けて〜!開けて〜!」
と叫びを日本語に変えて、一層強く蹴りを入れました。
すると、
「どのドア?あぁ、これだね?今、外から引っ張ってあげるから」
と言ってくれて、ドアがやっと開き、外に出ることができました。
旅行にはトラブルやアクシデントがつきものですが、このトイレのエピソードは今も心にしっかり焼きついています。
2011年05月22日
2011年04月24日
トイレ
by Sさん
今回は、中国のトイレ事情をお届けしたいと思います。
トイレは、中国語では「洗手间(xishoujian)」と言います。また、それ以外に「厕所(cesuo)」という表現もあります。「洗手间」は、「お手洗い、トイレ」という感じで、「厕所」は「便所」というニュアンスでしょうか。外国旅行に行く場合、必ず覚えておくべき表現として「トイレはどこですか?」というのがありますが、中国語では「洗手间在哪儿?」という表現を覚えておくと良いと思います。ただ公共の場では、「厕所」または「公厕(gongce)」と表示されている所が多いので頭に入れておいてください。「公厕」は、「公用厕所(gongyong cesuo)」「公共厕所(gonggong cesuo)」(両方とも公衆便所の意味)の略です。
空港や大都市にある新しい施設等のトイレは、美しくて、日本のトイレとさほど差がありません。安心してください。でも、ちょっと地方や田舎に行くと、驚くようなことがいっぱいあります。
まず初めに、留学生寮で言われたことは、「使用後の紙は、流さずに横にあるゴミ箱に捨てること」でした。ちょっとしたカルチャーショックでした。
そして、当時、蘇州で一、二を争うデパートに行った時のことです。デパートのトイレなら大丈夫だろうと期待していましたが、5つのトイレのうち、3つに「故障中、使用禁止」の貼り紙があり、またそのうちの1つはドアの蝶番が1つ外れていて、ドアが斜めにぶら下がっていました。 非常にびっくりしました。何度かこういうことがあったので、たまたまではないと思います。
大学内のトイレにも驚きました。校舎を建てた年代によってトイレの形式も異なるようで、ある棟に行くと、その棟のトイレは、なんと「小川」形式でした。もちろん5つほどのブースに分かれているのですが、その5つのブースの下を1本の小川が流れている感じです。想像してみてください。上流のブースに入るのも嫌ですが、下流のブースに入るのも嫌ですね。使用後は、上からぶら下がっている紐を引っ張れば、若干の水が流れる仕掛けになっていました。ブースを区切っている壁は、腰ぐらいまでの高さで、しゃがんでもお隣さんの顔が見える、いわゆる「ニーハオ・トイレ」でした。
近くの低い山に登山に行き、そこで入った「公厕」は、かなり古く、掘っ立て小屋のような「小川」形式だった上に、なんと出入口の所に座っていた管理人さんに5毛銭を支払わされました。中国の「公厕」には、有料のところも多いので、覚えておいてください。
旅行先で「青空」トイレも経験しました。そのトイレは外にあり、三方だけが木の板で囲まれ、残りの一面にはドアがありませんでした。床板に長方形の四角い穴が開いているだけのトイレでしたが、その日は快晴で、空が真っ青、新緑がまぶしくて、とても印象的でした。
中国も近代化が進み、外国人がよく訪れる観光地などは施設も徐々に整備されていき、このようなトイレも少なくなってきていると思いますが、ちょっと田舎に足を踏み入れると、まだまだ残っていると思いますよ。
今回は、中国のトイレ事情をお届けしたいと思います。
トイレは、中国語では「洗手间(xishoujian)」と言います。また、それ以外に「厕所(cesuo)」という表現もあります。「洗手间」は、「お手洗い、トイレ」という感じで、「厕所」は「便所」というニュアンスでしょうか。外国旅行に行く場合、必ず覚えておくべき表現として「トイレはどこですか?」というのがありますが、中国語では「洗手间在哪儿?」という表現を覚えておくと良いと思います。ただ公共の場では、「厕所」または「公厕(gongce)」と表示されている所が多いので頭に入れておいてください。「公厕」は、「公用厕所(gongyong cesuo)」「公共厕所(gonggong cesuo)」(両方とも公衆便所の意味)の略です。
空港や大都市にある新しい施設等のトイレは、美しくて、日本のトイレとさほど差がありません。安心してください。でも、ちょっと地方や田舎に行くと、驚くようなことがいっぱいあります。
まず初めに、留学生寮で言われたことは、「使用後の紙は、流さずに横にあるゴミ箱に捨てること」でした。ちょっとしたカルチャーショックでした。
そして、当時、蘇州で一、二を争うデパートに行った時のことです。デパートのトイレなら大丈夫だろうと期待していましたが、5つのトイレのうち、3つに「故障中、使用禁止」の貼り紙があり、またそのうちの1つはドアの蝶番が1つ外れていて、ドアが斜めにぶら下がっていました。 非常にびっくりしました。何度かこういうことがあったので、たまたまではないと思います。
大学内のトイレにも驚きました。校舎を建てた年代によってトイレの形式も異なるようで、ある棟に行くと、その棟のトイレは、なんと「小川」形式でした。もちろん5つほどのブースに分かれているのですが、その5つのブースの下を1本の小川が流れている感じです。想像してみてください。上流のブースに入るのも嫌ですが、下流のブースに入るのも嫌ですね。使用後は、上からぶら下がっている紐を引っ張れば、若干の水が流れる仕掛けになっていました。ブースを区切っている壁は、腰ぐらいまでの高さで、しゃがんでもお隣さんの顔が見える、いわゆる「ニーハオ・トイレ」でした。
近くの低い山に登山に行き、そこで入った「公厕」は、かなり古く、掘っ立て小屋のような「小川」形式だった上に、なんと出入口の所に座っていた管理人さんに5毛銭を支払わされました。中国の「公厕」には、有料のところも多いので、覚えておいてください。
旅行先で「青空」トイレも経験しました。そのトイレは外にあり、三方だけが木の板で囲まれ、残りの一面にはドアがありませんでした。床板に長方形の四角い穴が開いているだけのトイレでしたが、その日は快晴で、空が真っ青、新緑がまぶしくて、とても印象的でした。
中国も近代化が進み、外国人がよく訪れる観光地などは施設も徐々に整備されていき、このようなトイレも少なくなってきていると思いますが、ちょっと田舎に足を踏み入れると、まだまだ残っていると思いますよ。
2011年03月22日
中国語勉強法
中国語勉強法・・・「日記を書く」 Sさん
今回は、今まで私がやってきた中国語勉強法の中で、とても効果が上がった方法をご紹介したいと思います。
それは、タイトルにもありますが、「中国語で日記を書くこと」です。
外国語の勉強をする時、どうしても知識をインプットすることに重点をおいてしまいがちな方が多いです。もちろん、新しい単語や表現を知識として頭にインプットすることは、とても大事なことです。しかし、それを活用できなければ何の意味もありません。
外国語を学ぶ目的は、人それぞれ異なると思いますが、それがビジネスシーンであれ、趣味や旅行のシーンであれ、「外国語でコミュニケーションをとれるようになること」であると考えている方が大半だと思います。そのためには、インプットするだけでなく、インプットした知識をアウトプットできるようになることが重要です。
例えば、AさんとBさんがいるとします。Aさんは、インプットした知識が80ありますが、20しかアウトプットできないとします。Bさんは、インプットした知識が50しかありませんが、40アウトプットできるとします。外国語の知識としては、Aさんのほうがたくさん持っているのに、実際のコミュニケーション能力の高さを比較するとBさんのほうが高いということになります。
前置きが長くなりましたが、要は、アウトプット能力を上げる努力をすることが大事だということです。
中国人の方と話す機会がたくさんある方は、とても恵まれた環境にあると思います。中国人とたくさん話すのが一番良い訓練方法でしょう。しかし、そういう恵まれた環境にない場合でも、アウトプット能力を上げる訓練方法としてお勧めできる方法が「中国語で日記を書くこと」です。
最初は、3行とか5行ぐらいでいいと思います。自分の知っている言葉や文法の範囲内だけでもいいので、まずは書いてみてください。そして、自分の書いた日記を、できれば暗誦してみてください。中国語を習っている方は、その内容を先生に発表してみたり、先生に添削してもらえれば、さらに良いですね。「書く」という作業も、「話す」という作業も、両方ともアウトプットです。アウトプット能力を鍛えることで、コミュニケーション能力も高まります。とにかく毎日続けることが肝心です。自分が日記に書く内容は、自分の身の周りで起こったことや、自分が関心を持っていることなので、比較的頭に入りやすいです。また知らない単語がある時は、辞書で調べて書きますが、こういった単語も自分が関心を持っていることなので、スッと覚えやすいです。そして、「これって、中国語でどういう表現になるのかなぁ」など、さまざまな表現方法や言い回しを普段から頭の中で考える習慣も身につきます。
こうやって、少しずつ語彙を増やしていくことによって、アウトプット(話す、書く)が徐々に楽になってきます。例えば日記を書くのも徐々に短時間でできるようになっていきます。私も、初級の頃にこの方法で勉強し、飛躍的に中国語のコミュニケーション能力がアップしました。コミュニケーション能力が上がれば、中国語の勉強効率も目に見えてアップしますし、自分自身も楽しく勉強できます。
最初から完璧である必要はありません。ミスを恐れずにどんどん話し、書いた人ほど上達が早いものです。ぜひ皆さんもチャレンジしてみてください。
今回は、今まで私がやってきた中国語勉強法の中で、とても効果が上がった方法をご紹介したいと思います。
それは、タイトルにもありますが、「中国語で日記を書くこと」です。
外国語の勉強をする時、どうしても知識をインプットすることに重点をおいてしまいがちな方が多いです。もちろん、新しい単語や表現を知識として頭にインプットすることは、とても大事なことです。しかし、それを活用できなければ何の意味もありません。
外国語を学ぶ目的は、人それぞれ異なると思いますが、それがビジネスシーンであれ、趣味や旅行のシーンであれ、「外国語でコミュニケーションをとれるようになること」であると考えている方が大半だと思います。そのためには、インプットするだけでなく、インプットした知識をアウトプットできるようになることが重要です。
例えば、AさんとBさんがいるとします。Aさんは、インプットした知識が80ありますが、20しかアウトプットできないとします。Bさんは、インプットした知識が50しかありませんが、40アウトプットできるとします。外国語の知識としては、Aさんのほうがたくさん持っているのに、実際のコミュニケーション能力の高さを比較するとBさんのほうが高いということになります。
前置きが長くなりましたが、要は、アウトプット能力を上げる努力をすることが大事だということです。
中国人の方と話す機会がたくさんある方は、とても恵まれた環境にあると思います。中国人とたくさん話すのが一番良い訓練方法でしょう。しかし、そういう恵まれた環境にない場合でも、アウトプット能力を上げる訓練方法としてお勧めできる方法が「中国語で日記を書くこと」です。
最初は、3行とか5行ぐらいでいいと思います。自分の知っている言葉や文法の範囲内だけでもいいので、まずは書いてみてください。そして、自分の書いた日記を、できれば暗誦してみてください。中国語を習っている方は、その内容を先生に発表してみたり、先生に添削してもらえれば、さらに良いですね。「書く」という作業も、「話す」という作業も、両方ともアウトプットです。アウトプット能力を鍛えることで、コミュニケーション能力も高まります。とにかく毎日続けることが肝心です。自分が日記に書く内容は、自分の身の周りで起こったことや、自分が関心を持っていることなので、比較的頭に入りやすいです。また知らない単語がある時は、辞書で調べて書きますが、こういった単語も自分が関心を持っていることなので、スッと覚えやすいです。そして、「これって、中国語でどういう表現になるのかなぁ」など、さまざまな表現方法や言い回しを普段から頭の中で考える習慣も身につきます。
こうやって、少しずつ語彙を増やしていくことによって、アウトプット(話す、書く)が徐々に楽になってきます。例えば日記を書くのも徐々に短時間でできるようになっていきます。私も、初級の頃にこの方法で勉強し、飛躍的に中国語のコミュニケーション能力がアップしました。コミュニケーション能力が上がれば、中国語の勉強効率も目に見えてアップしますし、自分自身も楽しく勉強できます。
最初から完璧である必要はありません。ミスを恐れずにどんどん話し、書いた人ほど上達が早いものです。ぜひ皆さんもチャレンジしてみてください。
2011年02月28日
写真
写真 by Sさん
結婚している中国人の友達の家を訪ねると、夫婦の写真を大きな額に入れて壁にかけてあるのをよく目にします。しかも1枚ではなく、家の中のいろんな所にかけられています。夫はタキシード、妻はウェディングドレスです。日本の結婚式でよく見る普通に並んで写した写真ではなく、2人が見つめ合っていたり、未来を見つめるように斜め45度上を見ていたり、草原のような場所で座っていたり・・・と、様々な写真があります。日本だと、ちょっと気恥ずかしくて飾れないような写真です。
中国では、結婚式よりも前に、ウェディング写真を撮ってくれるスタジオでカメラマンを予約して、半日から1日かけて、街中や美しいスポットに出向いて、夫婦の写真を撮影し、それをアルバムにしたり、写真を大きく引き伸ばして額に入れて飾れるようにします。私がスタジオのスタッフに聞いた話では、だいたい皆さん3000元(=約37500円)から8000元(=100000円)ぐらいかけるそうです。3000元と言えば、中国の平均給与かそれ以上ぐらいですから、かなりの金額ですね。でも、街を歩いていると、そのようなスタジオをよく見かけます。それだけ需要があるということなのでしょう。
若い女の子が、自分の好きな服を持ち込んで、芸能人のプロモーションビデオのような写真を撮ったりもするみたいです。
実は、私もスタジオでチャイナドレスを着て、カメラマンに写真を撮ってもらい、小さなアルバムを作りました。
まずは、スタジオ選びです。何軒もあるスタジオに足を運んで、スタッフの説明を聞きます。そして衣装も見せてもらいます。私がスタジオを選んだポイントの1つは、衣装の品揃えと保存状態でした。自分が着てみたいと思えるチャイナドレスがあるか、そして美しく保存されているか、を重点的に見ました。そして1軒見つかりました。あとはスタッフとの交渉です。ドレス3着分(メイク・ヘアアレンジ込み)の撮影をして、小さなアルバムを作ると500元と言われ、何とか値切って同じ条件で450元にしてもらいました。そして、撮影日を予約しました。
当日は、午後1時にスタジオ入りしました。そして、ドレスを3着選ぼうとしましたが、いいドレスが多くてなかなか選びきれず、ダメもとで「5着で450元にできる?」と聞いてみたら、OKしてくれました!何でも言ってみるもんですね。そして、ドレスに合わせて髪型もメイクも変えてくれるということで、髪型を作っていく都合に合わせて、どの順番でどのドレスを着るかを決めました。メイクも結構時間をかけてしっかりしてくれました。撮影の時は、カメラマンの指示に従って表情やポーズを作っていきます。最初は少し恥ずかしかったですが、照れや恥ずかしさを捨ててモデルになりきろうと気持ちを切り換えると、とても楽しくなりました。結局、5着すべて撮り終えた時には午後6時をまわっていました。約5時間かけた計算です。
後日、できた写真を見に行き、アルバムに入れる写真を自分で選びました。数日後にできあがったアルバムは、とても満足のいく仕上がりでした。
日本では値段も高く、なかなかアルバムまで作る気になれませんが、中国でチャイナドレスのアルバムを作ったことは、とても良い記念になりました。
結婚している中国人の友達の家を訪ねると、夫婦の写真を大きな額に入れて壁にかけてあるのをよく目にします。しかも1枚ではなく、家の中のいろんな所にかけられています。夫はタキシード、妻はウェディングドレスです。日本の結婚式でよく見る普通に並んで写した写真ではなく、2人が見つめ合っていたり、未来を見つめるように斜め45度上を見ていたり、草原のような場所で座っていたり・・・と、様々な写真があります。日本だと、ちょっと気恥ずかしくて飾れないような写真です。
中国では、結婚式よりも前に、ウェディング写真を撮ってくれるスタジオでカメラマンを予約して、半日から1日かけて、街中や美しいスポットに出向いて、夫婦の写真を撮影し、それをアルバムにしたり、写真を大きく引き伸ばして額に入れて飾れるようにします。私がスタジオのスタッフに聞いた話では、だいたい皆さん3000元(=約37500円)から8000元(=100000円)ぐらいかけるそうです。3000元と言えば、中国の平均給与かそれ以上ぐらいですから、かなりの金額ですね。でも、街を歩いていると、そのようなスタジオをよく見かけます。それだけ需要があるということなのでしょう。
若い女の子が、自分の好きな服を持ち込んで、芸能人のプロモーションビデオのような写真を撮ったりもするみたいです。
実は、私もスタジオでチャイナドレスを着て、カメラマンに写真を撮ってもらい、小さなアルバムを作りました。
まずは、スタジオ選びです。何軒もあるスタジオに足を運んで、スタッフの説明を聞きます。そして衣装も見せてもらいます。私がスタジオを選んだポイントの1つは、衣装の品揃えと保存状態でした。自分が着てみたいと思えるチャイナドレスがあるか、そして美しく保存されているか、を重点的に見ました。そして1軒見つかりました。あとはスタッフとの交渉です。ドレス3着分(メイク・ヘアアレンジ込み)の撮影をして、小さなアルバムを作ると500元と言われ、何とか値切って同じ条件で450元にしてもらいました。そして、撮影日を予約しました。
当日は、午後1時にスタジオ入りしました。そして、ドレスを3着選ぼうとしましたが、いいドレスが多くてなかなか選びきれず、ダメもとで「5着で450元にできる?」と聞いてみたら、OKしてくれました!何でも言ってみるもんですね。そして、ドレスに合わせて髪型もメイクも変えてくれるということで、髪型を作っていく都合に合わせて、どの順番でどのドレスを着るかを決めました。メイクも結構時間をかけてしっかりしてくれました。撮影の時は、カメラマンの指示に従って表情やポーズを作っていきます。最初は少し恥ずかしかったですが、照れや恥ずかしさを捨ててモデルになりきろうと気持ちを切り換えると、とても楽しくなりました。結局、5着すべて撮り終えた時には午後6時をまわっていました。約5時間かけた計算です。
後日、できた写真を見に行き、アルバムに入れる写真を自分で選びました。数日後にできあがったアルバムは、とても満足のいく仕上がりでした。
日本では値段も高く、なかなかアルバムまで作る気になれませんが、中国でチャイナドレスのアルバムを作ったことは、とても良い記念になりました。
2011年02月13日
ハルビン旅行A
ハルビン旅行A by Sさん
ハルビン旅行の話の続きです。
前回、ハルビンの人は発音が美しいと書きましたが、1人だけ「r」化音がものすごくきつい人に出会いました。私たちが宿泊したホテルのホテルマンの方です。私たちがチェックインするのを横で見ていて、中国語で「日本の方ですか?」と聞いてこられたのですが、「ni(r) shi(r) ri(r)ben(r)ren(r) ma(r)?」と、1文字1文字が「r」化されていて、南方では絶対に聞くことのできない発音でした。最初なかなか聞き取れませんでしたが、慣れると聞き取れるようになりました。とても親切な方で、ハルビンの地図を広げて、おすすめの場所を教えてくれました。「この店で○○を何個買って、次にここへ行って○○を何個買って・・・」と買うものや買う数量までアドバイスしてくれて、本当に面白かったです。
その方に教えてもらったのですが、「秋林」という店のパンはとても有名だそうです。すごく大きくて、このパン1個あれば大人の男の人10人ぐらいで食べられると聞き、非常に興味をそそられ、秋林に行きました。すぐにそのパンを見つけることができました。人の顔より大きいぐらいの大きさがあり、分厚さも結構ありました。ちゃんとおしゃれな布の巾着袋に入れて売ってくれます。もちろん私たちも買い、蘇州まで持って帰り、これまたハルビンでおいしくて安く手に入れることのできたキャビアをたっぷり付けて、留学生たちと一緒に食べました。
先ほどの大きなパンにしてもそうですが、極寒の地ですので、貯蔵できる食品がたくさん売られていました。特に、ウィンナーとかソーセージは店先にびっくりするほどの量がぶら下げられていました。
果物の露天商がいたのですが、普通に置いて売ってある果物と、ガラスの囲いの中に売ってある果物があり、違いを聞いてみると、普通に置いているものは凍っていて、ガラスの囲いの中は凍らないように少し温めているのだということでした。凍らないように温めて売っている果物というものを初めて見ました。
また寒いだけあって、地下街も発達していました。長くて足元まである分厚いビニールの暖簾が掛けてあり、数メートル中へ進むと、もう1つ同じような暖簾が掛けてあったので、寒い空気がシャットアウトされ、地下街の中はとても暖かかったです。
ハルビンの氷祭りも、ぜひおすすめしたいスポットの1つです。さすが中国、スケールが違いました。ちょっと高い所から氷祭り会場全体を見渡すと、そこはもう1つの街のようで、私たち3人は「うわぁ〜、すご〜い!!きれい!!」の連発でした。簡単なソリに乗ってボブスレーみたいなこともできたし、氷でできた建物や乗り物、人物像なども見事でした。ちょうど半年ほど前にSARSが流行していたこともあり、医者や看護婦数名の巨大な氷像があり、彼らの貢献を称えていたのが印象的でした。さすがに氷祭り会場はかなり寒かったです。前髪やまつげが白くなり、鼻の穴の中が軽く凍ったのは初めての体験でした。
3日間という短い時間ではありましたが、とにかく初めてみたものや初めて体験したことが多く、行ってみて良かったなぁと思える旅行になりました。
ハルビン旅行の話の続きです。
前回、ハルビンの人は発音が美しいと書きましたが、1人だけ「r」化音がものすごくきつい人に出会いました。私たちが宿泊したホテルのホテルマンの方です。私たちがチェックインするのを横で見ていて、中国語で「日本の方ですか?」と聞いてこられたのですが、「ni(r) shi(r) ri(r)ben(r)ren(r) ma(r)?」と、1文字1文字が「r」化されていて、南方では絶対に聞くことのできない発音でした。最初なかなか聞き取れませんでしたが、慣れると聞き取れるようになりました。とても親切な方で、ハルビンの地図を広げて、おすすめの場所を教えてくれました。「この店で○○を何個買って、次にここへ行って○○を何個買って・・・」と買うものや買う数量までアドバイスしてくれて、本当に面白かったです。
その方に教えてもらったのですが、「秋林」という店のパンはとても有名だそうです。すごく大きくて、このパン1個あれば大人の男の人10人ぐらいで食べられると聞き、非常に興味をそそられ、秋林に行きました。すぐにそのパンを見つけることができました。人の顔より大きいぐらいの大きさがあり、分厚さも結構ありました。ちゃんとおしゃれな布の巾着袋に入れて売ってくれます。もちろん私たちも買い、蘇州まで持って帰り、これまたハルビンでおいしくて安く手に入れることのできたキャビアをたっぷり付けて、留学生たちと一緒に食べました。
先ほどの大きなパンにしてもそうですが、極寒の地ですので、貯蔵できる食品がたくさん売られていました。特に、ウィンナーとかソーセージは店先にびっくりするほどの量がぶら下げられていました。
果物の露天商がいたのですが、普通に置いて売ってある果物と、ガラスの囲いの中に売ってある果物があり、違いを聞いてみると、普通に置いているものは凍っていて、ガラスの囲いの中は凍らないように少し温めているのだということでした。凍らないように温めて売っている果物というものを初めて見ました。
また寒いだけあって、地下街も発達していました。長くて足元まである分厚いビニールの暖簾が掛けてあり、数メートル中へ進むと、もう1つ同じような暖簾が掛けてあったので、寒い空気がシャットアウトされ、地下街の中はとても暖かかったです。
ハルビンの氷祭りも、ぜひおすすめしたいスポットの1つです。さすが中国、スケールが違いました。ちょっと高い所から氷祭り会場全体を見渡すと、そこはもう1つの街のようで、私たち3人は「うわぁ〜、すご〜い!!きれい!!」の連発でした。簡単なソリに乗ってボブスレーみたいなこともできたし、氷でできた建物や乗り物、人物像なども見事でした。ちょうど半年ほど前にSARSが流行していたこともあり、医者や看護婦数名の巨大な氷像があり、彼らの貢献を称えていたのが印象的でした。さすがに氷祭り会場はかなり寒かったです。前髪やまつげが白くなり、鼻の穴の中が軽く凍ったのは初めての体験でした。
3日間という短い時間ではありましたが、とにかく初めてみたものや初めて体験したことが多く、行ってみて良かったなぁと思える旅行になりました。
2011年01月31日
ハルビン旅行
ハルビン旅行 by Sさん
中国滞在中に、中国国内のいろんな所へ旅行に行きましたが、その中でも非常に印象深い場所の1つが2004年の1月に訪れたハルビンです。
ハルビンは、中国の黒龍江省にある都市で、黒龍江省の政治・経済の中心地です。冬は非常に寒く、1月の平均気温は約マイナス20℃程度です。
当時、蘇州に留学していた私は、普段は学生食堂や近くの食堂で食事を済ませていましたが、「元旦ぐらいは、久しぶりに日本食を食べたい。」ということで、近くに1軒しかなかった日本料理店へ、日本人留学生8人で食事をしに行きました。その時に誰かが「ハルビンに行こう!」と言い出しました。寒いのが大の苦手な私は、頭から行く気が無かったのですが、みんなの「寒さぐらい大丈夫、大丈夫!」という言葉を聞き、「1度だけ極寒の世界を体験してみてもいいかな」という好奇心がわき出てきて、急遽、旅行の手配を始め、1週間後の1月8日にはハルビン行きの飛行機に乗っていました。(結局参加したのは上記8人中、3人でした。)
上海から飛行機で約3時間でハルビンに到着です。上海→関空より長時間の空の旅でした。大学の期末試験の日程の関係もあって、たった3日間の強行スケジュールでしたので、荷物は極力減らしてリュックサック1つにし、着られるものは全て蘇州から着て行ったので、見た目にはわからなかったかもしれませんが、着ている本人は、若干、相撲の着ぐるみを着ているような感覚でした。ちなみに、私は上は7枚着て、下は4枚はいていました。
実際、これぐらい着て行って正解だと感じました。ちょうど良かったように思います。マイナス20℃ですが、非常に乾燥しているため、体感温度はそこまで低く感じませんでした。
また「中国の東北人はきれいな、訛りのない中国語を話す」と聞いていましたが、本当にそのとおりで、タクシーの運転手さんの発音でさえも非常に美しく、中国語のテキストのCDかカセットを聞いているかのようでした。少なくとも、蘇州のタクシーの運転手さんとは発音の美しさが全く違いました。そのタクシーの中で、3人で日本語で話していると、運転手さんが「どこから来たの?」と話しかけてきました。私たちが「蘇州から来ました。」と中国語で答えると、運転手さんが私たちが日本人であることを全く気付いていない様子で「やっぱりね。3人の会話を聞き取れないと思っていたら、やっぱり蘇州語で話していたんだね。」と言ってきたのて、非常にびっくりした記憶があります。中国語の方言は、外国語で話していても気付かないほど、地方によって大きな違いがあるんだなということを改めて実感させられました。
(次回につづく)
中国滞在中に、中国国内のいろんな所へ旅行に行きましたが、その中でも非常に印象深い場所の1つが2004年の1月に訪れたハルビンです。
ハルビンは、中国の黒龍江省にある都市で、黒龍江省の政治・経済の中心地です。冬は非常に寒く、1月の平均気温は約マイナス20℃程度です。
当時、蘇州に留学していた私は、普段は学生食堂や近くの食堂で食事を済ませていましたが、「元旦ぐらいは、久しぶりに日本食を食べたい。」ということで、近くに1軒しかなかった日本料理店へ、日本人留学生8人で食事をしに行きました。その時に誰かが「ハルビンに行こう!」と言い出しました。寒いのが大の苦手な私は、頭から行く気が無かったのですが、みんなの「寒さぐらい大丈夫、大丈夫!」という言葉を聞き、「1度だけ極寒の世界を体験してみてもいいかな」という好奇心がわき出てきて、急遽、旅行の手配を始め、1週間後の1月8日にはハルビン行きの飛行機に乗っていました。(結局参加したのは上記8人中、3人でした。)
上海から飛行機で約3時間でハルビンに到着です。上海→関空より長時間の空の旅でした。大学の期末試験の日程の関係もあって、たった3日間の強行スケジュールでしたので、荷物は極力減らしてリュックサック1つにし、着られるものは全て蘇州から着て行ったので、見た目にはわからなかったかもしれませんが、着ている本人は、若干、相撲の着ぐるみを着ているような感覚でした。ちなみに、私は上は7枚着て、下は4枚はいていました。
実際、これぐらい着て行って正解だと感じました。ちょうど良かったように思います。マイナス20℃ですが、非常に乾燥しているため、体感温度はそこまで低く感じませんでした。
また「中国の東北人はきれいな、訛りのない中国語を話す」と聞いていましたが、本当にそのとおりで、タクシーの運転手さんの発音でさえも非常に美しく、中国語のテキストのCDかカセットを聞いているかのようでした。少なくとも、蘇州のタクシーの運転手さんとは発音の美しさが全く違いました。そのタクシーの中で、3人で日本語で話していると、運転手さんが「どこから来たの?」と話しかけてきました。私たちが「蘇州から来ました。」と中国語で答えると、運転手さんが私たちが日本人であることを全く気付いていない様子で「やっぱりね。3人の会話を聞き取れないと思っていたら、やっぱり蘇州語で話していたんだね。」と言ってきたのて、非常にびっくりした記憶があります。中国語の方言は、外国語で話していても気付かないほど、地方によって大きな違いがあるんだなということを改めて実感させられました。
(次回につづく)
2011年01月21日
オーダーメイド
オーダーメイド by Sさん
中国での生活では、いろいろな楽しみがありましたが、そのうちの1つに挙げられるのが「洋服のオーダーメイド」です。
日本では費用がかかりすぎて、なかなか洋服のオーダーメイドなんてできませんが、中国ではお手頃な値段でオーダーメイドが楽しめます。
一番簡単なのが、自分が日本から持って来たお気に入りの洋服を、オーダーメイドの店に持って行き、「これと全く同じように作ってください」と言う方法です。本当にほぼ完璧に近いぐらい同じように作ってくれます。私は、この方法で、ボトムス(パンツ)を数本作りました。生地は、その店にさまざまな色や柄・質感のものが揃っていますので、その中から決めます。生地の持ち込みは、あまり歓迎されません。その店で選んだほうが喜ばれます。生地の持ち込みが何故嫌がられるかと言うと、作っている時に万一失敗した場合に、代わりの生地がなく、万に一つの失敗も許されないからです。ちなみに、気になる値段についてですが、パンツなら1本あたり生地代込みで、80元〜140元(日本円で1000円〜1750円)ぐらいです。
オーダーメイドで作った服は、どれも自分の体型にピッタリですので、とても着心地が良く、全部気に入っているのですが、その中でも特別に気に入っているものが2着あります。1着はチャイナドレス、もう1着はダウンコートです。
チャイナドレスは、友人と一緒に、チャイナドレス専門のオーダーメイド店に行き、好きな生地・デザインを細かいところまで指定し、そしてお互いにプレゼントし合いました。とても記念になる1着です。中国人の友達の結婚式に呼ばれた時や、ちょっとイベントがあった時に着て行きましたが、みんなから大好評でした。このチャイナドレスは1着600元(生地代込み、日本円で約7500円)でした。よく雑誌等にとりあげられている上海や香港などの大都市のオーダーメイド店ではもっと高額な費用を要求される所もあるようですが、地方都市のお店や、穴場的なお店を見つければ、良いものを安く手に入れることができます。
ダウンコートを作ったお店は、40代か50代のおじさんが2人でやっていて、本当に狭くて少し古い感じのするお店でしたが、良いものを安く仕上げてくれるということで、とても人気がありました。冬場だけダウンコート専門のオーダーメイド店になります。左右の壁には所狭しとダウンコートのサンプルが数多く掛けられてあり、その下の棚にはまた数え切れないほどの豊富な種類の生地が置かれています。デザインの要求を言うと、その場で要求を聞きながらダウンコートの絵を描いてくれます。丈の長さ、全体的なシルエット、襟元、フードの有無(有の場合、取り外しの可否、ファーの選択)、袖の形、前の合わせの部分をどうするか、ステッチの入れ方、ダウンの量、ポケットの有無(有の場合、形や付け方)など、細部までこだわってデザインの要求を聞き入れてくれますし、時にはアドバイスもくれます。自分好みのデザインで、しかも自分のサイズにぴったりのものが出来上がってくる快感は何とも言いようがありません。自分がほんのちょっとファッションデザイナーになったような気分も味わえます。この時に作ったダウンコートは550元(生地代込み、日本円で7000円弱)でした。日本帰国後も着ていますが、みんなから大好評で、もっと値段が高いものに見えるようです。
皆さんもチャンスがあれば、中国でお得にオーダーメイドしてみてはいかがでしょうか。
中国での生活では、いろいろな楽しみがありましたが、そのうちの1つに挙げられるのが「洋服のオーダーメイド」です。
日本では費用がかかりすぎて、なかなか洋服のオーダーメイドなんてできませんが、中国ではお手頃な値段でオーダーメイドが楽しめます。
一番簡単なのが、自分が日本から持って来たお気に入りの洋服を、オーダーメイドの店に持って行き、「これと全く同じように作ってください」と言う方法です。本当にほぼ完璧に近いぐらい同じように作ってくれます。私は、この方法で、ボトムス(パンツ)を数本作りました。生地は、その店にさまざまな色や柄・質感のものが揃っていますので、その中から決めます。生地の持ち込みは、あまり歓迎されません。その店で選んだほうが喜ばれます。生地の持ち込みが何故嫌がられるかと言うと、作っている時に万一失敗した場合に、代わりの生地がなく、万に一つの失敗も許されないからです。ちなみに、気になる値段についてですが、パンツなら1本あたり生地代込みで、80元〜140元(日本円で1000円〜1750円)ぐらいです。
オーダーメイドで作った服は、どれも自分の体型にピッタリですので、とても着心地が良く、全部気に入っているのですが、その中でも特別に気に入っているものが2着あります。1着はチャイナドレス、もう1着はダウンコートです。
チャイナドレスは、友人と一緒に、チャイナドレス専門のオーダーメイド店に行き、好きな生地・デザインを細かいところまで指定し、そしてお互いにプレゼントし合いました。とても記念になる1着です。中国人の友達の結婚式に呼ばれた時や、ちょっとイベントがあった時に着て行きましたが、みんなから大好評でした。このチャイナドレスは1着600元(生地代込み、日本円で約7500円)でした。よく雑誌等にとりあげられている上海や香港などの大都市のオーダーメイド店ではもっと高額な費用を要求される所もあるようですが、地方都市のお店や、穴場的なお店を見つければ、良いものを安く手に入れることができます。
ダウンコートを作ったお店は、40代か50代のおじさんが2人でやっていて、本当に狭くて少し古い感じのするお店でしたが、良いものを安く仕上げてくれるということで、とても人気がありました。冬場だけダウンコート専門のオーダーメイド店になります。左右の壁には所狭しとダウンコートのサンプルが数多く掛けられてあり、その下の棚にはまた数え切れないほどの豊富な種類の生地が置かれています。デザインの要求を言うと、その場で要求を聞きながらダウンコートの絵を描いてくれます。丈の長さ、全体的なシルエット、襟元、フードの有無(有の場合、取り外しの可否、ファーの選択)、袖の形、前の合わせの部分をどうするか、ステッチの入れ方、ダウンの量、ポケットの有無(有の場合、形や付け方)など、細部までこだわってデザインの要求を聞き入れてくれますし、時にはアドバイスもくれます。自分好みのデザインで、しかも自分のサイズにぴったりのものが出来上がってくる快感は何とも言いようがありません。自分がほんのちょっとファッションデザイナーになったような気分も味わえます。この時に作ったダウンコートは550元(生地代込み、日本円で7000円弱)でした。日本帰国後も着ていますが、みんなから大好評で、もっと値段が高いものに見えるようです。
皆さんもチャンスがあれば、中国でお得にオーダーメイドしてみてはいかがでしょうか。
2011年01月01日
中国の祝日
中国の祝日 by Sさん
私が中国に行って驚いたことの1つに、中国の祝日とそれに伴う休日の発表時期が挙げられます。
中国の祝日の主なものは、元旦(新暦1月1日)、春節(陰暦1月1日)、清明節(新暦4月5日前後)、労働節(新暦5月1日)、端午節(旧暦5月5日)、中秋節(陰暦8月15日)、国慶節(新暦10月1日)などがあります。このほかにも、婦女節(新暦3月8日)や青年節(新暦5月4日)、教師節(9月10日)などのように全員対象ではなく該当者のみ1日または半日の休みがとれるような祝日もあります。
ところで、上記のように祝日がいつかというのは基本的には決まっているのですが、それに伴う休日は、前年の12月中旬頃になってようやく中央人民政府の国務院から発表されます。
年末になると、職場で次年度の年間スケジュールをたてなければいけないのに、年末ギリギリにならないと次年度の祝日・休日が国から発表されず、毎年やきもきした思い出があります。翌年の祝日・休日が前年12月までわからないなどということは、日本では考えられないことですね。
なぜ、その発表を待たなければならないかというと、祝日にからめて連休をつくるように国が考えてくれているのですが、祝日の曜日によっては、前後の土日を出勤にしたり、また平日を振り替え休日にしたりと、結構複雑な変更が入ることがあるのです。また祝日の中には、新暦で日にちを決めているものもあれば、旧暦で日にちを決めているものもあるので、時々、休みが重なってしまうこともあります。以前、国慶節休暇と中秋節が重なった時があり、振り替えが非常に複雑でした。
中国では、その祝日・休日スケジュールをちゃんと頭に入れて年間スケジュールを組まないと、もし国が定めた祝日に従業員に労働させれば3倍、そして休日に労働させれば2倍の給料を支払わなければならないと法律で決められていたので、とても慎重になっていました。だって、市販のカレンダーには祝日は赤く表示されていても、それに伴う休日までは赤く表示されていませんから・・・。
ちなみに、2011年の祝日と休日については2010年12月10日に発表されました。もし興味のある方は、以下のURLをご覧になってください。
http://www.gov.cn/zwgk/2010-12/10/content_1762643.htm
例えば、2011年の春節に関しては、2月2日(旧暦の大晦日)〜2月8日(火)まで連休にする代わりに、1月30日(日)と2月12日(土)は出勤にするといった具合です。こんなこと、もっと早く発表してほしいですよね。
でも、この発表の前文の中に、「早めにスケジュールの調整ができるように」という内容が入っているところを見ると、発表が遅いなんていう感覚は全く無さそうですね。
私が中国に行って驚いたことの1つに、中国の祝日とそれに伴う休日の発表時期が挙げられます。
中国の祝日の主なものは、元旦(新暦1月1日)、春節(陰暦1月1日)、清明節(新暦4月5日前後)、労働節(新暦5月1日)、端午節(旧暦5月5日)、中秋節(陰暦8月15日)、国慶節(新暦10月1日)などがあります。このほかにも、婦女節(新暦3月8日)や青年節(新暦5月4日)、教師節(9月10日)などのように全員対象ではなく該当者のみ1日または半日の休みがとれるような祝日もあります。
ところで、上記のように祝日がいつかというのは基本的には決まっているのですが、それに伴う休日は、前年の12月中旬頃になってようやく中央人民政府の国務院から発表されます。
年末になると、職場で次年度の年間スケジュールをたてなければいけないのに、年末ギリギリにならないと次年度の祝日・休日が国から発表されず、毎年やきもきした思い出があります。翌年の祝日・休日が前年12月までわからないなどということは、日本では考えられないことですね。
なぜ、その発表を待たなければならないかというと、祝日にからめて連休をつくるように国が考えてくれているのですが、祝日の曜日によっては、前後の土日を出勤にしたり、また平日を振り替え休日にしたりと、結構複雑な変更が入ることがあるのです。また祝日の中には、新暦で日にちを決めているものもあれば、旧暦で日にちを決めているものもあるので、時々、休みが重なってしまうこともあります。以前、国慶節休暇と中秋節が重なった時があり、振り替えが非常に複雑でした。
中国では、その祝日・休日スケジュールをちゃんと頭に入れて年間スケジュールを組まないと、もし国が定めた祝日に従業員に労働させれば3倍、そして休日に労働させれば2倍の給料を支払わなければならないと法律で決められていたので、とても慎重になっていました。だって、市販のカレンダーには祝日は赤く表示されていても、それに伴う休日までは赤く表示されていませんから・・・。
ちなみに、2011年の祝日と休日については2010年12月10日に発表されました。もし興味のある方は、以下のURLをご覧になってください。
http://www.gov.cn/zwgk/2010-12/10/content_1762643.htm
例えば、2011年の春節に関しては、2月2日(旧暦の大晦日)〜2月8日(火)まで連休にする代わりに、1月30日(日)と2月12日(土)は出勤にするといった具合です。こんなこと、もっと早く発表してほしいですよね。
でも、この発表の前文の中に、「早めにスケジュールの調整ができるように」という内容が入っているところを見ると、発表が遅いなんていう感覚は全く無さそうですね。
2010年12月27日
冬の想い出
冬の思い出 by Sさん
本格的に寒くなってきましたね。私は冬生まれですが、冬の寒さが苦手です。
日本しか知らない時は感じなかったことですが、中国に行ってから日本に帰国してみて、日本の家屋は密閉性に優れているということを非常に感じます。私が中国滞在中の後半に住んでいた家は、外国人向けに建てられたマンションでわりと恵まれていたのですが、それでも窓やドアに隙間があり、冬場はかなり寒く感じました。
中国滞在中の前半は、留学生宿舎用のホテルに住んでいました。ホテルとは言っても、いわゆる「星」の付かないホテルで、かなり古くて質素なホテルでした。私の住んでいた蘇州は春と秋がとても短い所で、11月の上旬頃、半袖でも過ごせるほどの暖かい日があったかと思えば、下旬にはコートが必要なほど寒くなったりというふうに、同じ月の中で半袖とコートが必要でした。でも、私の住んでいたホテルの空調は全館制御になっていて、自分の部屋で空調をつけることができず、しかも暖房は12月になるまで入れてくれなかったので、11月下旬頃は寒いのに暖房の入らない部屋で、毛布にくるまりながら中国語の宿題や予習をしていたのを思い出します。暖房をつけてくれるように何度かお願いに行ったことがありますが、「12月になるまでダメ」と却下されました。
徐々に変わってきているようですが、中国の人は暖房をあまり使わず、厚着をするなどして衣服で寒暖の調整をする人が多いようです。留学時代のある日、こんなことがありました。1月の初旬のある日のことです。私たちのクラスは欧米人、韓国人、日本人合わせて20名ほどのクラスでした。担任の先生は50歳前後の、小柄ですがとても元気な女の先生で、私たちはこの先生が大好きでした。いつものように担任の先生が中国語の授業をしてくださっていました。ところが、授業の途中で、急に担任の先生が涙ながらに訴え始めたのです。
「皆さん、ごめんなさい。今まで我慢してきましたが、私は暖房をつけると苦しくてたまりません。皆さんが海外からの留学生なので、冬に暖房がないのは慣れていないだろうと思って、これまで我慢してきました。でも実は、中国の学生の教室には暖房がないのが普通なのです。暖房をつけていると私は頭がふらふらして気分も悪くなってきます。でも、皆さんが暖房なしでは耐えられないと思うなら、無理やり皆さんに暖房をつけないようにお願いすることはできません。でも暖房をつけ続ける場合、私は皆さんの授業をこれ以上続けることができません。他の先生に替わってもらうしかないです。本当にごめんなさい。」このように泣きながら私たちに向かっておっしゃいました。すると、生徒たちが口々に「先生、僕たち暖房なしでいいです。」「先生の授業を受けたいです。」「先生、泣かないでください。私たちは大丈夫です。」「先生!」「先生!」と言いました。すると、先生もまた感動して泣きながら「皆さん、ありがとう。ありがとう。」とおっしゃって、まるで美しい青春ドラマのワンシーンのようでした。それ以来、私たちのクラスだけはどんなに寒くても空調を一切使わず、そのかわりカイロを貼ったり、マフラーやレッグウォーマーをしてコートを着たまま授業を受けました。たしかに体は寒かったですが、心が温まる感じがして、このことは留学時代の良い思い出の1つになっています。
本格的に寒くなってきましたね。私は冬生まれですが、冬の寒さが苦手です。
日本しか知らない時は感じなかったことですが、中国に行ってから日本に帰国してみて、日本の家屋は密閉性に優れているということを非常に感じます。私が中国滞在中の後半に住んでいた家は、外国人向けに建てられたマンションでわりと恵まれていたのですが、それでも窓やドアに隙間があり、冬場はかなり寒く感じました。
中国滞在中の前半は、留学生宿舎用のホテルに住んでいました。ホテルとは言っても、いわゆる「星」の付かないホテルで、かなり古くて質素なホテルでした。私の住んでいた蘇州は春と秋がとても短い所で、11月の上旬頃、半袖でも過ごせるほどの暖かい日があったかと思えば、下旬にはコートが必要なほど寒くなったりというふうに、同じ月の中で半袖とコートが必要でした。でも、私の住んでいたホテルの空調は全館制御になっていて、自分の部屋で空調をつけることができず、しかも暖房は12月になるまで入れてくれなかったので、11月下旬頃は寒いのに暖房の入らない部屋で、毛布にくるまりながら中国語の宿題や予習をしていたのを思い出します。暖房をつけてくれるように何度かお願いに行ったことがありますが、「12月になるまでダメ」と却下されました。
徐々に変わってきているようですが、中国の人は暖房をあまり使わず、厚着をするなどして衣服で寒暖の調整をする人が多いようです。留学時代のある日、こんなことがありました。1月の初旬のある日のことです。私たちのクラスは欧米人、韓国人、日本人合わせて20名ほどのクラスでした。担任の先生は50歳前後の、小柄ですがとても元気な女の先生で、私たちはこの先生が大好きでした。いつものように担任の先生が中国語の授業をしてくださっていました。ところが、授業の途中で、急に担任の先生が涙ながらに訴え始めたのです。
「皆さん、ごめんなさい。今まで我慢してきましたが、私は暖房をつけると苦しくてたまりません。皆さんが海外からの留学生なので、冬に暖房がないのは慣れていないだろうと思って、これまで我慢してきました。でも実は、中国の学生の教室には暖房がないのが普通なのです。暖房をつけていると私は頭がふらふらして気分も悪くなってきます。でも、皆さんが暖房なしでは耐えられないと思うなら、無理やり皆さんに暖房をつけないようにお願いすることはできません。でも暖房をつけ続ける場合、私は皆さんの授業をこれ以上続けることができません。他の先生に替わってもらうしかないです。本当にごめんなさい。」このように泣きながら私たちに向かっておっしゃいました。すると、生徒たちが口々に「先生、僕たち暖房なしでいいです。」「先生の授業を受けたいです。」「先生、泣かないでください。私たちは大丈夫です。」「先生!」「先生!」と言いました。すると、先生もまた感動して泣きながら「皆さん、ありがとう。ありがとう。」とおっしゃって、まるで美しい青春ドラマのワンシーンのようでした。それ以来、私たちのクラスだけはどんなに寒くても空調を一切使わず、そのかわりカイロを貼ったり、マフラーやレッグウォーマーをしてコートを着たまま授業を受けました。たしかに体は寒かったですが、心が温まる感じがして、このことは留学時代の良い思い出の1つになっています。
2010年11月28日
あるホテルで
あるホテルで by Sさん
2009年12月末のことです。当時、私は中国に在住中で、職場の休暇を利用して香港旅行に行くことにしました。香港でめいっぱい遊びたいため、朝早い飛行機を予約したので、上海で前泊することにし、上海浦東国際空港近くにあるホテルを予約しました。
そして、香港旅行前日の午後、私はまず上海に向けて出発しました。午後2時半頃に、予約した空港近くのホテルに到着しました。チェックインしようとロビーに入ると、いきなりすごい剣幕の男性の叫び声が聞こえてきました。その声のするほうを見てみると、どうもホテルの客が、チェックアウトカウンターにいるホテル従業員に食って掛かっているようでした。そのお客さんは身なりもきちんとしていて、普段そんな大声を出すような人に見えませんでした。私も、これから宿泊するホテルのことですし、何があったのか気になったので、遠くから耳を澄まして聞いてみました。
客「どうして先に言わなかったんだ?!」
従業員「・・・」
客「こんなこと最初から決まってたんだろう!」
ここまで話した時に、さらに客の同行者と思われる人たちが男女合わせて7〜8名、エレベーターホールから現れて彼の後ろの辺りに集まりました。その姿を見て、すぐに彼らがどんな人だかわかりました。中国の航空会社の機長と客室乗務員一行でした。きっと次のフライトまでの仮眠や休憩のために、このホテルを利用したのでしょう。
客「ひと眠りして、さぁ、シャワーを浴びようと思ったら、シャワーが使えないじゃないか!シャワーが使えないこと、いつからわかってたんだ!?」
従業員「急に決まったんです。私に言われてもわかりません。」
客「こんなこと、最初からわかってたら、別のホテルを予約してたよ!!」
私は、心の中で「ごもっとも!」と思いました。これは、いつもニコニコしている客室乗務員さんたちでも怒っても仕方ないなと思いました。
そして、チラッと横を見ると、A5サイズぐらいの、めちゃくちゃ小さな貼り紙があり、「本日正午〜午後4時頃まで、水道管工事のため水が使えません。」という内容が書かれていました。「ちょっと待ってよ〜!」と思いました。チェックインの時に、カウンターで対応してくれた女の子に、「本当に、水が使えないの?」と聞いてみました。すると、「あと数時間で使えるようになります。」とそれだけ言われ、鍵を渡されました。反対側のカウンターのところにいる客室乗務員ご一行は、まだホテルの従業員と口論していて、結末が気になりましたが、とりあえず荷物を置きに上に上がることにしました。
部屋に到着すると、ドアが開けっ放しになって、水がたくさん出ている音が聞こえてきました。すると、その階を担当している女の子が来て、「しばらく水を出しっ放しにしておいてください。小石や砂が混じっていますので。」と言って去って行きました。
友人との待ち合わせまでに少し時間があったので、その大きな水音を聞き、「本当に水が使えるようになるのかなぁ・・・」と心配しながら、ベッドに横になって休憩していました。すると、しばらく経って、さっきの女の子が「もう大丈夫です。」と、水を止めに来てくれました。最悪、別のホテルをとり直すことも考えていたので、とりあえず、ホッとしました。
友人との待ち合わせのため、ロビーに下りていくと、さっきのご一行はもういませんでした。次のフライト準備のため、立ち去ったのでしょう。
でも、今回は事なきを得ましたが、もし工事をやる等、お客さんに迷惑がかかることをすることがわかっていれば、できれば早めに教えてほしいものですよね。
2009年12月末のことです。当時、私は中国に在住中で、職場の休暇を利用して香港旅行に行くことにしました。香港でめいっぱい遊びたいため、朝早い飛行機を予約したので、上海で前泊することにし、上海浦東国際空港近くにあるホテルを予約しました。
そして、香港旅行前日の午後、私はまず上海に向けて出発しました。午後2時半頃に、予約した空港近くのホテルに到着しました。チェックインしようとロビーに入ると、いきなりすごい剣幕の男性の叫び声が聞こえてきました。その声のするほうを見てみると、どうもホテルの客が、チェックアウトカウンターにいるホテル従業員に食って掛かっているようでした。そのお客さんは身なりもきちんとしていて、普段そんな大声を出すような人に見えませんでした。私も、これから宿泊するホテルのことですし、何があったのか気になったので、遠くから耳を澄まして聞いてみました。
客「どうして先に言わなかったんだ?!」
従業員「・・・」
客「こんなこと最初から決まってたんだろう!」
ここまで話した時に、さらに客の同行者と思われる人たちが男女合わせて7〜8名、エレベーターホールから現れて彼の後ろの辺りに集まりました。その姿を見て、すぐに彼らがどんな人だかわかりました。中国の航空会社の機長と客室乗務員一行でした。きっと次のフライトまでの仮眠や休憩のために、このホテルを利用したのでしょう。
客「ひと眠りして、さぁ、シャワーを浴びようと思ったら、シャワーが使えないじゃないか!シャワーが使えないこと、いつからわかってたんだ!?」
従業員「急に決まったんです。私に言われてもわかりません。」
客「こんなこと、最初からわかってたら、別のホテルを予約してたよ!!」
私は、心の中で「ごもっとも!」と思いました。これは、いつもニコニコしている客室乗務員さんたちでも怒っても仕方ないなと思いました。
そして、チラッと横を見ると、A5サイズぐらいの、めちゃくちゃ小さな貼り紙があり、「本日正午〜午後4時頃まで、水道管工事のため水が使えません。」という内容が書かれていました。「ちょっと待ってよ〜!」と思いました。チェックインの時に、カウンターで対応してくれた女の子に、「本当に、水が使えないの?」と聞いてみました。すると、「あと数時間で使えるようになります。」とそれだけ言われ、鍵を渡されました。反対側のカウンターのところにいる客室乗務員ご一行は、まだホテルの従業員と口論していて、結末が気になりましたが、とりあえず荷物を置きに上に上がることにしました。
部屋に到着すると、ドアが開けっ放しになって、水がたくさん出ている音が聞こえてきました。すると、その階を担当している女の子が来て、「しばらく水を出しっ放しにしておいてください。小石や砂が混じっていますので。」と言って去って行きました。
友人との待ち合わせまでに少し時間があったので、その大きな水音を聞き、「本当に水が使えるようになるのかなぁ・・・」と心配しながら、ベッドに横になって休憩していました。すると、しばらく経って、さっきの女の子が「もう大丈夫です。」と、水を止めに来てくれました。最悪、別のホテルをとり直すことも考えていたので、とりあえず、ホッとしました。
友人との待ち合わせのため、ロビーに下りていくと、さっきのご一行はもういませんでした。次のフライト準備のため、立ち去ったのでしょう。
でも、今回は事なきを得ましたが、もし工事をやる等、お客さんに迷惑がかかることをすることがわかっていれば、できれば早めに教えてほしいものですよね。